観光名所を観て回り、名物を食べ、
今回最大の目的地である展望台に着いた時には夜9時を過ぎていた。
ケーブルカーを降りた瞬間、横殴りに寒風が吹きつける。
私:「さっ、ぶーーーーい!!」
季節は冬、夜の山頂となると寒さはハンパ無い。
首を縮め、バッグを握った手をコートの袖に引っ込める。
ハ:「うっわ、さむっ! ここまで寒いとは思わなかった」
ハニーが慌ててダウンのジッパーを上げた。
一緒にケーブルカーを降りたカップルが抱きつくように寄り添いながら近づいてくる。
狭い通路なので端によって見送った。
ハ:「寒いなら暖めてあげようか?」
私:「は?」
振り向いた私の前に、ハニーが満面の笑顔で手を差し出す。
私:「・・・・・・ありがとう、でもバッグあるから! 早く行こう!」
満面の笑顔で断ると、一人展望台に向かって歩き出した。
慌ててハニーがついてくる。
ハ:「バッグ持ってあげようか?」
私:「ううん。大丈夫だよ」
ハ:「寒いだろ?」
私:「田舎育ちだから大丈夫!」
ハ:「はぐれちゃうよ」
私:「見失わないでねv」
ハ:「・・・・・・じゃあ、ポケット貸してあげる」
私:「あ、私のコートにもポケットあったわ」
持ち手を無理やり腕に通し、ポケットに手を隠す。
ハ:「そーだねー・・・・・・」
あからさまにがっかりした顔のハニーが可哀想やら可愛いやらで笑えた。
手を繋ぐのが嫌なんじゃない。
期待させるのが嫌なのだ。
今の私にはハニーを受け入れることはできない。
まだ迷いは消えていない。
それなら自分の欲望のままに行動して結果ハニーを傷つけるより、
ハニーに諦められる方が良かった。
たとえ、将来どんなに後悔することになったとしても。
今回最大の目的地である展望台に着いた時には夜9時を過ぎていた。
ケーブルカーを降りた瞬間、横殴りに寒風が吹きつける。
私:「さっ、ぶーーーーい!!」
季節は冬、夜の山頂となると寒さはハンパ無い。
首を縮め、バッグを握った手をコートの袖に引っ込める。
ハ:「うっわ、さむっ! ここまで寒いとは思わなかった」
ハニーが慌ててダウンのジッパーを上げた。
一緒にケーブルカーを降りたカップルが抱きつくように寄り添いながら近づいてくる。
狭い通路なので端によって見送った。
ハ:「寒いなら暖めてあげようか?」
私:「は?」
振り向いた私の前に、ハニーが満面の笑顔で手を差し出す。
私:「・・・・・・ありがとう、でもバッグあるから! 早く行こう!」
満面の笑顔で断ると、一人展望台に向かって歩き出した。
慌ててハニーがついてくる。
ハ:「バッグ持ってあげようか?」
私:「ううん。大丈夫だよ」
ハ:「寒いだろ?」
私:「田舎育ちだから大丈夫!」
ハ:「はぐれちゃうよ」
私:「見失わないでねv」
ハ:「・・・・・・じゃあ、ポケット貸してあげる」
私:「あ、私のコートにもポケットあったわ」
持ち手を無理やり腕に通し、ポケットに手を隠す。
ハ:「そーだねー・・・・・・」
あからさまにがっかりした顔のハニーが可哀想やら可愛いやらで笑えた。
手を繋ぐのが嫌なんじゃない。
期待させるのが嫌なのだ。
今の私にはハニーを受け入れることはできない。
まだ迷いは消えていない。
それなら自分の欲望のままに行動して結果ハニーを傷つけるより、
ハニーに諦められる方が良かった。
たとえ、将来どんなに後悔することになったとしても。
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あの日から1週間後、私たちを乗せた車は高速道路をひた走っていた。
私:「けっこう観光地あるんだね~」
助手席でハニー持参のガイド本をめくりながら唸る。
ハ:「行きたい所ある?」
私:「あるけど、どれも場所がけっこう離れてるんだよね。
今日の本命はどこだっけ?」
ハ:「市の端っこじゃなかったかな。
夜景は午後8時頃が一番綺麗らしいからそれまでに行きたいな」
飲みに行った時にハニーに誘われたのだ。
「夜景を見に行こう」と。
あんな事があったので流れてしまうかと思ったが、ハニーは約束通り迎えに来てくれた。
車内の雰囲気も今までと変わらない。
ただ、私の両手は常にガイド本でふさがれていた。
私:「じゃあ市街地のここから観て、色々まわりながら市内に入ろうか?」
ハ:「そうだね。ナビしてくれる?」
私:「了解です」
この旅が決まった時からずっと気になっていたことがあった。
それは、
『ホテルをどうするのか』
うちから夜景スポットまでは高速道路を使っても片道4時間はかかる。
夜景を見ていたら、帰宅時間は12時を軽く過ぎるだろう。
でもハニーは明日も夜勤だし、無理してでも泊まらずに帰るつもりかもしれない。
旅行の話が出てから一度も「どこに泊まろうか?」って話も出ていないし。
そっとハニーをうかがう。
夜勤明けでそのまま迎えに来てくれたその横顔は、どことなく疲れて見えた。
私:「きつかったらいつでも代わるからね」
ハ:「ありがとう。でもまだ大丈夫だよ」
運転を代わらないのは見栄か、意地か、優しさか。
私:「ねぇ、朝ごはん食べた? お腹空かない?」
ハ:「食べてないよ。ネロは食べた?」
私:「一緒に食べようと思って食べてないよ。次のサービスエリアでご飯にしよう?」
ハ:「了解です」
代わらないなら休ませよう。
私:「うどんが食べたいなー」
ご飯とみそ汁が収まったお腹を撫でながら、私は笑いかけた。
私:「けっこう観光地あるんだね~」
助手席でハニー持参のガイド本をめくりながら唸る。
ハ:「行きたい所ある?」
私:「あるけど、どれも場所がけっこう離れてるんだよね。
今日の本命はどこだっけ?」
ハ:「市の端っこじゃなかったかな。
夜景は午後8時頃が一番綺麗らしいからそれまでに行きたいな」
飲みに行った時にハニーに誘われたのだ。
「夜景を見に行こう」と。
あんな事があったので流れてしまうかと思ったが、ハニーは約束通り迎えに来てくれた。
車内の雰囲気も今までと変わらない。
ただ、私の両手は常にガイド本でふさがれていた。
私:「じゃあ市街地のここから観て、色々まわりながら市内に入ろうか?」
ハ:「そうだね。ナビしてくれる?」
私:「了解です」
この旅が決まった時からずっと気になっていたことがあった。
それは、
『ホテルをどうするのか』
うちから夜景スポットまでは高速道路を使っても片道4時間はかかる。
夜景を見ていたら、帰宅時間は12時を軽く過ぎるだろう。
でもハニーは明日も夜勤だし、無理してでも泊まらずに帰るつもりかもしれない。
旅行の話が出てから一度も「どこに泊まろうか?」って話も出ていないし。
そっとハニーをうかがう。
夜勤明けでそのまま迎えに来てくれたその横顔は、どことなく疲れて見えた。
私:「きつかったらいつでも代わるからね」
ハ:「ありがとう。でもまだ大丈夫だよ」
運転を代わらないのは見栄か、意地か、優しさか。
私:「ねぇ、朝ごはん食べた? お腹空かない?」
ハ:「食べてないよ。ネロは食べた?」
私:「一緒に食べようと思って食べてないよ。次のサービスエリアでご飯にしよう?」
ハ:「了解です」
代わらないなら休ませよう。
私:「うどんが食べたいなー」
ご飯とみそ汁が収まったお腹を撫でながら、私は笑いかけた。
ハ:「好きだからキスしたくなった。
でもネロには彼氏もいるし断られて当たり前だった。ごめん。
だからネロは何も気にしないで。忘れていいよ」
気にするなって、
忘れろって、
無理だよ・・・・・・
これは告白なのだろうか。
それとも昔を思い出して勘違いしてるだけだろうか。
それとも、またやりたいだけなのだろうか。
私はまだハニーの気持ちを疑っていた。
それほどまでに過去の傷は深い。
けれど今そんな事言ってもハニーをさらに傷つけるだけだろう。
黙り込む私に、ハニーが尋ねた。
ハ:「まだ帰らない?」
頷く私。
ハ:「シート少し倒してもいい?」
頷く。
ハ:「コーヒー飲んでもいい?」
頷く。
ハ:「コーヒー飲む?」
私:「・・・・・・ありがとう」
プルタブを起こした缶コーヒーを受け取り、一口飲む。
張りつき、喉を塞いでいた渇きがすぅっと通った。
すると、するりと言葉が出てきた。
私:「あのね、彼氏もハニーも裏切りたくなかったの」
ハ:「うん」
私:「ハニーをね、浮気相手にしたくなかった。
ずっとね、好きだったから。フられた後も・・・・・・
だから、ハニーとはそんな関係にもうなりたくなかった」
それが正直な気持ちだった。
ハニーの本当の気持ちは解らない。
けれど、たとえハニーが私をどう想っていようと、これが私の素直な想いだった。
疲れたようにハニーが頷く。
ハ:「うん・・・・・・」
私:「がっかりした? 怒った?」
ハニーが微かに笑った。
ハ:「怒ってはないよ。怒られるとしたらこっちだろ。
がっかりはしたけど・・・・・・」
私:「ごめんね・・・・・・嫌いになった?」
ハ:「それはないよ」
ハニーが苦笑する。
それを聞いて嬉しいような残念なような複雑な気分になった。
ハニーがゆっくりと体を起こす。
ハ:「手、握ってもいい?」
私:「どうぞ」
遠慮がちに差し出された右手に左手を重ねる。
ハニーは私の指の間を割って強く握り締めた。
かと思うと力を緩め、親指で甲を撫でる。
アルコールが入っているせいか、ハニーの手は暖かくて気持ち良かった。
不意に、ハニーは手を持ち上げると甲にキスをした。
驚き固まっている私を上目使いにうかがう。
ハ:「ここもダメ?」
いたずらを見つかった子供みたいな顔に、思わず笑ってしまった。
私:「いいよ」
ハニーも小さく笑うと再び甲にキスをした。
その笑顔は、やはりどこか寂しげだった。
でもネロには彼氏もいるし断られて当たり前だった。ごめん。
だからネロは何も気にしないで。忘れていいよ」
気にするなって、
忘れろって、
無理だよ・・・・・・
これは告白なのだろうか。
それとも昔を思い出して勘違いしてるだけだろうか。
それとも、またやりたいだけなのだろうか。
私はまだハニーの気持ちを疑っていた。
それほどまでに過去の傷は深い。
けれど今そんな事言ってもハニーをさらに傷つけるだけだろう。
黙り込む私に、ハニーが尋ねた。
ハ:「まだ帰らない?」
頷く私。
ハ:「シート少し倒してもいい?」
頷く。
ハ:「コーヒー飲んでもいい?」
頷く。
ハ:「コーヒー飲む?」
私:「・・・・・・ありがとう」
プルタブを起こした缶コーヒーを受け取り、一口飲む。
張りつき、喉を塞いでいた渇きがすぅっと通った。
すると、するりと言葉が出てきた。
私:「あのね、彼氏もハニーも裏切りたくなかったの」
ハ:「うん」
私:「ハニーをね、浮気相手にしたくなかった。
ずっとね、好きだったから。フられた後も・・・・・・
だから、ハニーとはそんな関係にもうなりたくなかった」
それが正直な気持ちだった。
ハニーの本当の気持ちは解らない。
けれど、たとえハニーが私をどう想っていようと、これが私の素直な想いだった。
疲れたようにハニーが頷く。
ハ:「うん・・・・・・」
私:「がっかりした? 怒った?」
ハニーが微かに笑った。
ハ:「怒ってはないよ。怒られるとしたらこっちだろ。
がっかりはしたけど・・・・・・」
私:「ごめんね・・・・・・嫌いになった?」
ハ:「それはないよ」
ハニーが苦笑する。
それを聞いて嬉しいような残念なような複雑な気分になった。
ハニーがゆっくりと体を起こす。
ハ:「手、握ってもいい?」
私:「どうぞ」
遠慮がちに差し出された右手に左手を重ねる。
ハニーは私の指の間を割って強く握り締めた。
かと思うと力を緩め、親指で甲を撫でる。
アルコールが入っているせいか、ハニーの手は暖かくて気持ち良かった。
不意に、ハニーは手を持ち上げると甲にキスをした。
驚き固まっている私を上目使いにうかがう。
ハ:「ここもダメ?」
いたずらを見つかった子供みたいな顔に、思わず笑ってしまった。
私:「いいよ」
ハニーも小さく笑うと再び甲にキスをした。
その笑顔は、やはりどこか寂しげだった。
工場地帯にある川沿いの空き地に私は車を停めた。
暗く沈んだ工場は不気味で、そのおかげで人影はおろか車通りも少ない。
ハニーが訝しげに眉をひそめる。
ハ:「気にしないで帰っていいよ。明日も仕事だろう?」
私:「うん・・・・・・」
何から言えばいいのか、どう伝えればいいのか、
私は膝の上で組んだ手を見つめて言葉を探し続けた。
ただ、あのまま帰ったら二度とハニーに会えないと思った。
それは嫌だと思った。
だからここに来た。
それなのに言葉が出てこない。
沈黙に包まれた車内に、ハニーの小さなため息が漏れた。
どうしてため息?
不機嫌? 早く帰りたい? どうして?
こみ上げる不安と一緒に、一つの可能性が口をついて出た。
私:「酔った勢い?」
ハ:「は?」
ハニーが勢いよく振り返る。
私もその目を見つめ返した。
私:「さっきのは、酔った勢いで?」
それなら真剣に考えた私が馬鹿みたいだ。
ハニーを傷つけたと思った。
だからハニーはこのまま消えてしまうかもしれないと思った。
それが怖くて、変に誤解されたままさよならしたくなくて、考えて考えて――
それなのに、馬鹿みたいだ。
ハ:「違うよ。あれくらいで酔わない」
ハニーが深くため息をつきながら、再びシートに体を沈める。
私:「じゃあ何で」
ハ:「好きだから」
思わず、息が止まる。
ハニーの目が、私の目をとらえた。
ハ:「好きだから、キスしたくなった」
暗く沈んだ工場は不気味で、そのおかげで人影はおろか車通りも少ない。
ハニーが訝しげに眉をひそめる。
ハ:「気にしないで帰っていいよ。明日も仕事だろう?」
私:「うん・・・・・・」
何から言えばいいのか、どう伝えればいいのか、
私は膝の上で組んだ手を見つめて言葉を探し続けた。
ただ、あのまま帰ったら二度とハニーに会えないと思った。
それは嫌だと思った。
だからここに来た。
それなのに言葉が出てこない。
沈黙に包まれた車内に、ハニーの小さなため息が漏れた。
どうしてため息?
不機嫌? 早く帰りたい? どうして?
こみ上げる不安と一緒に、一つの可能性が口をついて出た。
私:「酔った勢い?」
ハ:「は?」
ハニーが勢いよく振り返る。
私もその目を見つめ返した。
私:「さっきのは、酔った勢いで?」
それなら真剣に考えた私が馬鹿みたいだ。
ハニーを傷つけたと思った。
だからハニーはこのまま消えてしまうかもしれないと思った。
それが怖くて、変に誤解されたままさよならしたくなくて、考えて考えて――
それなのに、馬鹿みたいだ。
ハ:「違うよ。あれくらいで酔わない」
ハニーが深くため息をつきながら、再びシートに体を沈める。
私:「じゃあ何で」
ハ:「好きだから」
思わず、息が止まる。
ハニーの目が、私の目をとらえた。
ハ:「好きだから、キスしたくなった」
時間にすればほんの数秒だっただろう。
月に照らされた鼻筋は白く透き通り、
薄く開かれた唇は彫像のように乾いて見えた。
「ダメっ」
自分の声に我に返る。
私はハニーの口を手で覆い、顔を逸らしていた。
抱きしめられた体が熱い。
「・・・・・・・ごめん」
ハニーがゆっくりと体を離す。
沈み込むように背もたれに体を預け、再び窓の外に顔を向けた。
私は早鐘を打つ心臓を押さえ、今何が起こったのかを繰り返し理解しようとしていた。
「信号青」
指摘され、正面を見るといつの間にか信号は青に変わっていた。
慌てて車を発進させる。
どうしよう、
どうしよう、
どうしよう、
震える両手でハンドルを握り締め、ゆっくりと車を進める。
どうしよう、
どうしよう、
どうしよう、
取り止めの無い疑問符が頭の中を駆け巡る。
どうしよう、
どうしよう、
どう
「気にしないでいいから」
唐突に思考が遮られた。
「え?」
思わずハニーを見る。
ハニーは相変わらず窓を向いたまま続けた。
「気にしないで。帰っていいよ」
感情のこもっていない、投げやりな口調。
けれどその声からは後悔が滲み出していた。
この一言で何をすべきか決まった。
「・・・・・・うん」
私は闇夜に向かってアクセルを踏み込んだ。
月に照らされた鼻筋は白く透き通り、
薄く開かれた唇は彫像のように乾いて見えた。
「ダメっ」
自分の声に我に返る。
私はハニーの口を手で覆い、顔を逸らしていた。
抱きしめられた体が熱い。
「・・・・・・・ごめん」
ハニーがゆっくりと体を離す。
沈み込むように背もたれに体を預け、再び窓の外に顔を向けた。
私は早鐘を打つ心臓を押さえ、今何が起こったのかを繰り返し理解しようとしていた。
「信号青」
指摘され、正面を見るといつの間にか信号は青に変わっていた。
慌てて車を発進させる。
どうしよう、
どうしよう、
どうしよう、
震える両手でハンドルを握り締め、ゆっくりと車を進める。
どうしよう、
どうしよう、
どうしよう、
取り止めの無い疑問符が頭の中を駆け巡る。
どうしよう、
どうしよう、
どう
「気にしないでいいから」
唐突に思考が遮られた。
「え?」
思わずハニーを見る。
ハニーは相変わらず窓を向いたまま続けた。
「気にしないで。帰っていいよ」
感情のこもっていない、投げやりな口調。
けれどその声からは後悔が滲み出していた。
この一言で何をすべきか決まった。
「・・・・・・うん」
私は闇夜に向かってアクセルを踏み込んだ。